売買契約交渉の不当破棄

 不動産の購入予定者が、不動産市況の悪化を理由に売買契約中止の通告をした事例において、契約準備段階における信義則上の注意義務違反としていわゆる契約締結上の過失に該当し、不法行為責任により信頼利益の損害賠償責任を負うとした判決が、東京地裁においてなされました(平成20年11月10日、判例時報2055号79頁)。

 判例は、買主が売主に取り纏め依頼書及び買付証明書を交付したこと、その後3ヶ月間に7通の契約書案を交換して交渉を進めていたこと、売買契約上の主たる問題について話し合いがつき最終的に合意すべき契約案がほぼ固まっていたことを挙げる他、さらに、買主の要請または了承のうえ、契約成立に向けての準備行為として、埋設排水管の移設等についての同意書の取り付け、時間貸し駐車場の賃貸借契約の解除・立退き完了を行っていたこと等を挙げています。
 そのうえで、買主に信義則上の義務違反を認め、信頼利益の損害賠償を認めました。

 これに対し、買主は、サブプライムローン問題等による不動産市況の悪化は外部的事情であり、買主の一方的都合によるものではないし、売主においても、こうした外部的事情により契約締結に至らない可能性を予測することは可能であったとして、信義則上の義務違反はないと主張しました。
 しかし、裁判所は、不動産市況の悪化によるリスクは、当事者それぞれの内部事情に過ぎず、誠実に契約の成立に努める義務を免除すべき正当事由にはならないと判示しました。

 契約関係は両当事者の合意によって成立するのが原則ですから、契約締結交渉を破棄しただけで不法行為責任を負うものではありません。しかし、信義則の原則に反し、契約締結交渉を不当に破棄した場合には、損害賠償責任を負うとするのが判例です。
 今回の事例では、詳細な事実認定のうえで、契約内容がほぼ合意に達していたこと、両者の認識の下に契約締結に向けての準備行為が行われていたことを理由に、買主に、信義則上、誠実に契約の成立に努める義務があったとされました。

 また、本判例は、不動産市況の悪化は、当事者それぞれの内部事情に過ぎず、契約交渉破棄の正当事由にはならないとしています。このことは、買主にとって酷のようにも思われます。
 しかし、不動産市況が高騰して売主が交渉を取りやめて別の第三者に高値で売却した場合を考えれば、裁判所の言う当事者それぞれの内部事情という理屈には、合理性も認められると思われます。
 使用の必要性や資金繰り等のいわゆる自己都合の場合のみならず、市況の悪化のような外部的事情であっても、信義則上の義務を免除する理由にはならないと判断されたことは、実務上の参考になると思われます。

 契約締結上の過失の理論については、『債権法改正の基本方針』(民法(債権法)改正検討委員会編、株式会社商事法務)においても、交渉を不当に破棄した者の損害賠償責任、交渉当事者の情報提供義務・説明義務、交渉補助者等の行為と交渉当事者の損害賠償責任として、明文化が検討されています。
 重要なテーマですので、契約担当者は、同理論に対する十分な理解が求められるでしょう。
 

土壌汚染に関する判決

平成20年9月25日、東京高裁にて、土地売買契約時においては有害物質として法規制されていない土中のフッ素の存在を理由として、瑕疵担保責任を認めた判決が出されました(日経新聞平成20年9月26日版)。

土壌汚染対策法は、平成14年5月に国会で可決・成立していますが、それ以前に売買契約が締結され、その後、同法によって規制された有害物質が土中から発見された場合、こうした有害物質の存在が隠れたる「瑕疵」(民法570条)に該当するかが争いになることがありました。
一般に「瑕疵」というのは客観的なものをいいますから、法による規制を受けていようとなかろうと、客観的に人体に有害であれば、「瑕疵」に該当するという理屈は十分に成り立つと思われます。たとえば、土壌汚染対策法によって規制されていなかった時代に、フッ素が人体に有害ではなかったということにはなりません。
従いまして、判例が、土壌汚染対策法による規制前の売買契約においても、フッ素の存在を「瑕疵」と認めたことは、評価できます。

一方、売主及び仲介業者からすれば、事前に予測可能性がないところで、事後的に損害賠償責任を負わされることになり、リスク管理が非常に難しい面もあると思われます。
もっとも、瑕疵担保責任による損害賠償の考え方は、売買契約における有償性、つまり、売買の対価の均衡にあります。従いまして、瑕疵担保責任の考え方からすれば、フッ素が存在し、客観的に価値のない土地を価値のある土地として売却し対価を得ることは許されないということになります。しかも、瑕疵担保責任は無過失責任ですから、フッ素が有害物質であることについての認識可能性は、売主の責任を判定するにおいて問題にならないという厳しさもあります。

今後、売却の際のリスク管理は大変厳しくなることが予想され、今後、同判決の影響及び評価を見定めていく必要があります。